大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和54年(行ツ)24号 判決

上告人

橋本労働基準監督署長

御前辰夫

右指定代理人

蓑田速夫

外九名

被上告人

宇都宮チホミ

右訴訟代理人

福田徹

高野眞人

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人蓑田速夫、同菊池信男、同高橋正、同中島尚志、同中村均、同岡崎真喜次、同宮本善介、同中川悟、同玉置司馬夫、同木原登の上告理由について

原審が適法に確定したところによると、(1) 被上告人の夫宇都宮繁男は、電源開発株式会社に雇傭され、小森発電所において右発電所及びダムの保守、管理をする土木係員をしていた、(2) 小森発電所は、熊野市の中心部から二十数キロメートル、最寄りのバス停留所神ノ上からも十数キロメートルの山間僻地にあり、繁男を含む小森発電所の従業員のほとんどは、同市中心部の有馬社宅に居住していた、(3) 通勤には通常全区間社有車が配車されるが、日曜日等は熊野市駅前と神ノ上間の路線バス(一日三あるいは四往復)及び神ノ上と小森発電所間の社有車とを乗り継ぎ通勤するのを例としていた、また、社宅居住者が通勤のため熊野市中心部から神ノ上までタクシーを利用することは、会社の認めているところではなく、運賃は利用する者の負担とされていたから、社宅居住者は出勤に際し、予定のバスの利用を逸した場合には通常出勤を断念し、その日の年次休暇を請求するのを例としていた、(4) 繁男は、昭和四六年一二月一二日小森発電所において午後五時から同一〇時までの第二直勤務を行うことになつていたので、社宅近くの熊野市駅前午後一時三〇分発のバスに乗る予定をしていたところ、右バスに乗り遅れ、次のバスでは右通勤時刻に間に合わないため、自己所有の原動機付自転車を運転して出勤したところ、同日午後四時ころ峠越えの山間難路において道路わきに転落し、頭部に打撲を受け脳出血のため死亡するに至つた、(5) 本件事故当日は日曜日のため小森発電所には直勤務者以外の者は出勤していなかつたため、繁男が当日突然休暇をとれば、第一直勤務に従事していた者が引き続いて時間外勤務をして繁男の第二直勤務をせざるをえない状況にあつたが、さらに当日は労働組合の指令により全組合員を対象に時間外、休日労働、宿・日直拒否闘争が実施されていたから、代直者の獲得が困難であり、また、繁男の勤務の内容は、同人が勤務につかない場合直勤務をする者がいないまま発電所を放置しておくことは許されない性質のものであつた、というのである。

右の事実関係によれば、繁男は、山間僻地の発電所と社宅間を社有車(日曜日等は社有車及びバス)を利用して通勤していたものであつて、右の交通機関を利用する以外に通常は往復の方法がなく、本件における前記の事情に照らせば、繁男は当日出勤せざるをえない状況にあり、本件原動機付自転車による通勤も他に合理的な交通手段がないためやむをえない代賛方法ということができるから、本件災害は、出勤途中の災害ではあるが、労働者が使用者の支配管理下におかれているとみられる特別の事情のもとにおいて生じたものと解しえないわけではない。しだがつて、本件災害が、昭和四八年法律第八五号による改正前の労働者災害補償保険法一条、一二条二項、労働基準法七九条、八〇条の業務上の事由による災害にあたるとした原審の判断は、その細論において正当てして是認することができる。論旨は、結局理由がなく、採用することができない。

よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(大塚喜一郎 栗本一夫 木下忠良 塚本重頼 鹽野宜慶)

上告代理人蓑田速夫、同菊池信男、同高橋正、同中島尚志、同中村均、同岡崎真喜次、同宮本善介、同中川悟、同玉置司馬夫、同木原登の上告理由〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例